自己紹介します!
「静かな人よ、立ち上がれ!」

当ブログ運営者のひろし
( @compass_growth )です。
このたびは、数多くあるサイトの中から当ブログ・「ひろしのせなか」にアクセスしていただき、本当にありがとうございます!
このページでは、私の自己紹介をします。
現在は携帯ショップや家電量販店で、スマートフォンの販売(情報通信業)の仕事をしながら、ブログやSNSで発信活動をしています。
”熱血漢”だった学生時代

幼少期から高校生まで
私は公務員と会社員のごく普通の両親のもと長男として、生まれました。高校までの成績は中の下。幼い頃も両親が共働きだったため、祖母や近所の人たちに育てられたことを覚えています。夕暮れ時になると田んぼ仕事が終わった祖母が近所の家に向かいに来ます。そのまま農作業用三輪車の後ろに乗り、家に帰っていた記憶があります。
それでも、勉強以外では小学生の時から生徒会(児童会長、生徒会長)や部活(バレーボール部副主将)、バンド活動(ベースを担当)を組む活発な少年でありました。
高校3年のとき周りが着々と進路を決めるなか、このままでいいのかと自分を見失いかけていたころです。
身体に電撃が走った魂の演説
東京の私立大学を受験をしたときのこと。東京見学として街を散策しようと、私はたまたま「渋谷駅」に降りました。そのときに行われていた東京都知事選挙。駅から広がった私の目の前の光景は、たくさんの聴衆がみまもるなかで故・石原慎太郎氏が演説をしていたのです。
内容は、「日本人に、私は目を覚ましてもらいたい・・・」というメッセージ。
周りの若者が、「そうだ!そうだ!」と叫び、涙を流す人…。
ふと立ち止まって何気に聞いていた私は、「なんて、政治家ってかっこいいんだ。私もこうなりたい」と、その場で涙を流すほど身体に電撃が走った記憶があります。全国で政治改革の嵐が吹きあれ流れるなかで、次々と若い政治家たちが誕生していたときでもあったときです。
父が公務員だったこともあり、いつかは「世のため、人のため」と意識が芽生えていた私にとって、将来は「政治家になる」という意思が、初めて私の頭に浮かんだのです。
なりたいもののために、行動を始める

受験浪人をもう一年、そしてあこがれの東京生活
その電撃が走った演説事件後、もう一年間受験浪人をしようと決断をします。東京に行き、全国から集まった”アツい若者”と出会いたいという志のもと1日8時間以上の勉強。結果、都内の私立大学(法学部政治学科)へと進学しました。
大学在学中に”政治のリアル”に触れようと、議員インターンシッププログラムに参加。
また、プログラムが終わり都議会議員事務所・衆議院事務所でもアルバイトとして精をながし、政治・選挙のリアルを学んでいきます。
サークル活動では「自分たちが信頼出来る政治家を創ることを目的にしたNPO『ステイツマン』の活動にも参画。そのなかで多くの学生さんたちと交流していきます。
日本には熱い志を持った若者がたくさんいる。「私はふるさとに帰り、小さくてもよいから旗を立てよう(地方議員を目指す)」。そのような夢を胸に抱き活動を続けました。
大学卒業後、夢を果たすまで
卒業後は福井に帰省して、会社員となりました。会社員として在職中、福井県知事を目指す方の事務所で働くために会社を退職。しかし、福井県知事選挙では、お使えしていた方が落選しまいます。選挙戦を通じて、改革の風が福井にも来ていると多くの有権者に出会い、身にしみて感じることができました。
そこから、私自身が生まれたまちの町議会議員選挙にそなえます。同級生を中心とした後援会をつくり始めます。
地盤・看板・カバンなしの何もない状態で、28歳のときに町議会議員選挙に立候補し、当選を果たすことができました。
勝利を治めたものの、同時に私は大切なものを失っていく

政治的な勝利をおさめた翌日のこと…。幼なじみで女房役の「後援会長」が私から失踪します。その時ともに戦った仲間も、連鎖的に私から人が離れていきました。
選挙戦はよく「祭り」にたとえられます。応援・支えてくれた方々への感謝を胸に堂々と立ち続けることができなったからと今は反省しています。
壊れかけていた人間関係を修復しようと試みつつ、自分の父親以上の年齢の方々と仕事をしていくなか議会の狭間で悩む日々。私はつかれ果ていきます…。外からみていた政治の世界。それと、自分自身が体験している現実の狭間で悩む日々。
間もなく、志もなくしかけてしまいます。若くして、世間知らずに議員となった私は”人間不信”になっていきます。
うつむいたまま下をむいて話をしてしまうほど…(泣)
それでも、議員という立場である以上、人の前では話をする機会は多い…。そして、日々新しい人と会っていく…。
私は「繊細につくられている人間だった」のです。
私は「うつ病」を発症してしまいます。また、アルコール中毒や肥満(体重は100kgオーバー←現在は65kg)、睡眠薬依存にも苦しみました。選挙に備えるために日々新しい人と会い、心がますます疲弊していきます。ついには、私の一番大切にしていた価値観である正義感をなくしてしまい、傲慢な性格へと私は変容してしまうのです。
「無免許」運転中に職務質問された際、公僕でありながら逃走を犯してしまうしくじり・・・。
公僕の人間が「無免許運転」・「逃げる」という行為は、あるまじきこと。48時間拘束の中の警察留置所のなかで辞職を決断しました。
30代後半で、辞職。運転免許も失う。人生どん底に落ちました。
約20年間の思考停止
あの出来事から15年。そのあいだ世間の目を気にした生活をよそおい、自分をも欺く(自己欺瞞という)生き方をし続けてしまいます。職を転々とし、何をしても私は自分を好きになれません。
20年間の思考停止の日々。
ただ、孤独と病気のなかで社会復帰へ救ってくれたのは、両親と親族、数人の友人、新しい職場で出会ってできた同僚のかたがたでした。
本を読みまくり、学びを行動に移す

また読書を再開することで、自己の発見に出会えることもできました。
うつ病が治った今では年間120冊以上の本を読みます。
備忘録として、他の人にもお薦めしたい書籍はこちらのブログにて共有しています。
20年ぶりに『身体と心の健康』を取り戻しました。
今、私がこの世にできること。
健康を取り戻すために習慣となった「体力の貯金」を作り直すため、始めたジムでのトレーニング。
20年ぶりに身体の健康を取り戻す

「新しいことに挑戦して、自分を磨きたい。でも、何をすればよいのだろう・・・」
やりたいことが見つからずモヤモヤ過ごしていたとき、
- 会社員でも、将来のため情報発信をやっている人がいる
- 書くことで自分が整う
- ブログは複数のスキルを身につけられる
これらに気がつきました。
これからは、別の道で人の役に立てる「大きなうねりのなかの一滴」となるような人になりたい。
よし、ネットの中でブログを自分の居場所としよう!
そう想うようになり、「健康を取り戻し、自分らしく生きるための道標」となる証をつくることが、私の使命と感じこのブログを書き始めました。
当ブログのコンセプト

当ブログのコンセプトは「HSP(繊細な人)が、自分軸を持ち気高く生きる。そして生きづらさから脱却するお手伝いをする。本来の自分を取り戻し「再起動」を果たす手助けをする。」
一言で表すと、繊細な方々が気高く生きる人となるまでのロードマップ。
私はこれまで多くの人に支えてもらえて、今があります。
ようやく立ち直ることができたので、今度は一人でも多くの人の役に立ちたいのが本音です。
皆さんが自分自身を取り戻し、自分だけの価値ある人生を歩み始める勇気を得ることができますように。
人生は一度きりです。
なりたい自分に向かって行動しましょう。
静かな人よ、立ち上がれ!
最後までお読みいただき、ありがとうございました。